逆さ富士山、桜が美しい丸池。町の東境を流れる境川に沿って丸い形をした湧水池が玉川地区にあります。この池を丸池または、玉川池と呼んでいます。この池はかなり古くから存在していたようで、その名は戦国時代の古文書にも見られます。池の水は堂庭、久米田、戸田、畑中、的場の各地区に灌漑用水として古くから利用されています。
 

池の中央には歴史を刻む石碑が建てられ、これによると文政8年(1825)池の管理権をめぐって、池のある玉川村(当時)と用水の下流にあたる堂庭、湯川、久米田、戸田、畑中、的場の6ヶ村(泉六箇村)との間で水争いがありました。玉川村の池に対する勝手な振る舞いにたまりかねた泉六箇村の人々は、戸田村名主安右衛門と湯川村名主清兵衛を代表にして、江戸の奉行所へ訴えでました。しかし奉行所の取り調べは厳しく、解決しないまま2人は江戸で客死してしまいました。事件はその後和解しましたが、泉六箇村の人々は2人の命をなげうった行為に対し、永くその名をとどめるため、姓名をとった古安、平清神社を建て祀りました。

丸池の夏丸池の夏

丸池の夏

丸池の夏丸池の夏

丸池の夏

丸池の秋丸池の秋

丸池の秋

丸池の冬丸池の冬

丸池の冬

丸池の春丸池の春

丸池の春

丸池の春丸池の春

丸池の春